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ジョーダン・ベルソン:5の基本的作品
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INTERVIEW
束芋
2007.10.19 UP
キリンコンテンポラリー・アワードでデビュー(最優秀作品賞)〜原美術館での個展、各国の国際展への出展など、活動の場を着実に広げるアーティスト・束芋。あの独特のタッチで描かれる世界観はどこから生まれてくるのか。「ねっとりとして、同時に突き放す」「パブリックとプライベート」といった相反する状態を共存させた作品について語っていただきました。

パブリックとプライベートが共存する空間

束芋さん私は男子便所の方は良く知らないですけど(笑)。
公衆便所の中でのちょっとしたことが、すごく深かったり濃かったりします。そういったことが日本全国あちこちで起こっていて、その日常的で典型的な空間の中に、少しずつずれていくものを入れていく。そのずれていくものが、他が典型的なだけに浮き立ってくる。それが演出としておもしろいんです。
この作品はアニメーションで見せているので、さまざまな動きの展開があります。しかも公衆便所という場所での人の動きは、通常はこういう動きをするだろう、ということは想像できます。
でも、私はみんなが持っている典型的な動きの上に、私の感じる新たな動きを付加することで、さらに新しい展開を作っています。

公衆便所というのは、パブリックな場所にありながら、ベニヤ板一枚で隔てられて、いきなりプライベートな空間になる。その中で起こることは、本人しか知りえない。そこで何が起こっていたとしても、外の人にはわからない。実際、事件が起こることもあります。
その空間構造の面白さというのが、作品を作る上で大きなきっかけでした。

「典型」を目指す

作品を作るときには、自分が持っているイメージをまず持ってきて、その細部についてはリサーチします。でも、私はなるべく「典型」を目指しています。
以前に『にっぽんの湯屋』という銭湯の作品を作ったのですが、私にとって今のスーパー銭湯は銭湯のイメージではありませんでした。私の銭湯のイメージはもっと古典的で、木の床だったり、イメージとして「典型的な銭湯」というビジュアルです。なので、必ずしも「今の」ということではなくて、何十年と普通の生活をしている私の中から出てくる私のイメージを大事にしています。

ねっとりとして、突き放す表現スタイル

にっぽんの湯屋(男湯)『にっぽんの湯屋』では「日本的なもの」を記号的に入れ込んでいます。あえて、いやらしいほどに入れ込むことで「日本的なもの」が記号化できる。そうした作業から「ねっとり」としたものを醸し出しながらも、同時に突き放した表現が可能になりました。
作品のストーリーとしては、私が持っている日本のイメージ・感覚と関係があります。日本人が日本を見るときの感覚ではなく、西洋人がそれを見るような感覚です。それをそのままを表現したかったんです。なので、いやらしいくらいに「日本的なもの」を付加していきました。

誤解されやすいものを入れる/入れない

公衆便女(こうしゅうべんじょ)でも、『公衆便女(こうしゅうべんじょ)』に関しては、日本的なものをわざと入れないようにしました。『にっぽんの湯屋』では相撲を入れたり、いわゆる誤解されやすいもの、というのをあえて入れて、誤解を逆手にとって使いましたが、最近の作品にはその誤解をわざわざ入れるということはしていません。
最近は、実験的に何かを入れる過程よりも、もっと自分の感覚、直感を重視して、これかなって思うことをストレートに入れています。

作家活動は今年で8年目になります。過去の創作スタイルを否定するのではなく、今までのことは今まで、という風に割り切っています。これまで私の作品を見てくれてきた人たちも「もういいだろう、次の展開が見たい」と感じると思うんです。もちろん無理に過去を否定するのではなく、自然に入ってくるものは削除しないようにしています。それでも、これまでのように記号的な要素を強調した作風は減少していますね。

アニメーションで発想する

束芋さんアニメーションをつくるときは、アイディアもはじめから動きで出てきます。絵コンテから動画に組み立てるのではなく、はじめからアニメーションでつくります。アイディアが山ほど出るタイプではないから、アニメーションとして編集していく作業の中で作品になっていきます。
ねっとりとした、そして突き放した感じ。それは私自身の状態です。ここ(日本)に住んでいる自分自身=人間がいて、その人間がどんな風に距離を保っているのか。距離感を感じながら、でもねっとりとした中にはいる。矛盾したようにみえますが、表現の仕方によっては同時に見せることが可能なのでは?と思っています。アニメーションという手法は、私のやりたいことにあっているんです。

ひねくれた世代と団塊の世代

束芋さんなんとなく気がついたのですが、自分のこの「突き放した感じ」の下の方に、何かこう包まれた「ものすごく熱い部分」があって、私たちの世代(1970年代生まれ)にはこの両方があると思います。両方のものをちゃんと表面に浮き上がらせてやると、私たちの親の世代、つまり団塊の世代の感覚に近いのではないか、と感じます。
団塊の世代は、表の「ものすごく熱い部分」の裏に、非常に冷めたものを持っていて、私たちの世代とは逆なんですが、「熱さ」と「冷たさ」の両方がある。
私は、団塊の世代の作品に反応することが多かったです。私自身が根源的、根本的なものを表現したときに、団塊の世代の方々が反応してくれることも多かったんです。
私たちの世代の特徴をあえて言えば、「ひねくれている」。冷めていますよね。なんにもスポットライトが当たらなかった感じがして。だからこそ、社会を冷静に見られるのかもしれないですね。

次号へ続く
(2007年8月 銀座・そば所よし田にて 
TEXT:飯名尚人 PHOTO:室谷亜紀/office北北西)
INTERVIEW:束芋 Part 1 / Part 2
Profile: 束芋
たばいも 現代美術アーティスト

1975年、兵庫県に生れ。'99年、京都造形芸術大学芸術学部情報デザインコース卒業。同年、「にっぽんの台所」でキリン コンテンポラリー・アワード '99 最優秀作品賞。'02年、第13回五島記念文化賞美術新人賞。'05年、第12回日本現代藝術奨励賞。

主な作品:
「にっぽんの台所」('99年)、「にっぽんの横断歩道」('99年)「にっぽんの湯屋(男湯)」('00年)、「ユメ・ニッキ・ニッポン」('00年)、「にっぽんの通勤快速」('01年)、「にっぽんの御内」('02年)、「ユメニッキ・ニッポン」('02年)、「お化け屋敷」('03年)、「」('06年)、「真夜中の海」('06年)、「ギニョラマ」('06年)、「dolefullhouse」('07年)

主な展覧会:
横浜トリエンナーレ2001−メガ・ウェイブ新たな総合に向けて」('01年、横浜)、第25回サンパウロ・ビエンナーレ 大都市のイコノグラフィー('02年、サンパウロ、ブラジル)、個展「束芋:おどろおどろ」('02年、東京オペラシティ アートギャラリー、東京)、個展「束芋:夢違え」('03年、ハラ 美術館 アーク、群馬)、個展('05年、James Cohan Gallery、ニューヨーク)、「束芋 指弁」('05年、ギャラリー小柳、東京)、第15回シドニービエンナーレ Zones of Contact('06年、シドニー、オーストラリア)、ヨロヨロン 束芋('06年、原美術館)、TABAIMO('06年、カルティエ現代美術財団)、第52回ヴェネツィア・ビエンナーレ('07年、イタリア)

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アニメーション
公衆便女(こうしゅうべんじょ)』所収

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